新年
年玉をならべて置くや枕元
高砂の松の二タ子が門の松
元日や一輪開く福寿草
元朝や虚空暗く只不二許り
初空や烏は黒く富士白し
蓑笠を蓬莱にして草の庵
元朝や皆見覚えの紋処
若水や瓶の底なる去年の水
遣羽子をつきつきよける車哉
一羽来て屋根にもなくや初烏
蓬莱の松にさしけり初日の出
元日と知らぬ鼾の高さかな
袴着て火ともす庵や花の春
餅花の小判うごかず国の春
民の春同胞三千九百万
口紅や四十の顔も松の内
我庵は門松引て子の日せん
初日さす硯の海に波もなし
御降りの雪にならぬも面白き
行燈の油なめけり嫁が君
奥山や人こぬ家の門かざり
橙や裏白がくれなつかしき
動きなき蓬莱山の姿哉
君が代や二十六度の初暦
門礼や草の庵にも隣あり
天は晴れ地は湿ふや鍬始
遣羽子や根岸の奥の明地面
薮入や思ひは同じ姉妹
薮入の二人落ちあふ渡し哉
無雑作に万歳楽の鼓哉
父母います人たれたれぞ花の春
淋しさの尊とさまさる神の春
灯を消して元日と申庵哉
元日や都の宿の置巨燵
めでたさや飾りの蜜柑盗まれて
輪かざりに標札探る礼者かな
人の手にはや古りそめぬ初暦
乗そめや恵方参りの渡し舟
春日野の子の日に出たり六歌仙
元日の行燈をかしや枕もと
空近くあまりまばゆき初日哉
大家や出口出口の松かざり
蓬莱に貧乏見ゆるあはれなり
古妻の屠蘇の銚子をささげける
名こそかはれ江戸の裏白京の歯朶
梅提げて新年の御慶申しけり
初夢の思ひしことを見ざりける
書初や紙の小旗の日のしるし
立札や法三章の筆始
正月の人あつまりし落語かな
新らしき地図も出来たり国の春
薺うつ都はづれの伏家かな
とにかくに坊主をかしや花の春
元朝の上野静かに灯残れり
今年はと思ふことなきにしもあらず
正月や橙投げる屋敷町
門松と門松と接す裏家哉
塗椀の家に久しき雑煮哉
銭湯に善き衣著たり松の内
蓬莱や上野の山と相対す
門番に餅を賜ふや三ケ日
めでたさも一茶位や雑煮餅
蓬莱に一斗の酒を尽しけり
水祝恋の敵と名のりけり
嵯峨へ行き御室へ戻り若菜かな
門松やわがほととぎす発行所
烏帽子著た人ばかりなり小松曳
遣羽子の風に上手を尽しけり
初暦五月の中に死ぬ日あり
長病みの今年も参る雑煮哉
病牀を囲む礼者や五六人
新年の白紙綴ぢたる句帖哉
水入の水をやりけり福寿草
蟹を得つ新年会の残り酒
さそはれし妻を遣りけり二の替
初曾我や団十菊五左団小団
初芝居見て来て曠著いまだ脱がず
梅いけて礼者ことわる病かな
大三十日愚なり元日猶愚也
暖炉たく部屋あたたかに福寿草
春
毎年よ彼岸の入に寒いのは
鶯や木魚にまじる寛永寺
春や昔十五万石の城下哉
雪残る頂一つ国境
花の雲かゝりにけりな人の山
花に行く足に二日の灸かな
島々に灯をともしけり春の海
山燒くや胡蝶の羽のくすぶるか
見ればたゞ水の色なる小鮎哉
我庭に一本さきしすみれ哉
鳥なくや獨りたたずむ花の奧
くたびれて宿かるころや藤の花
あたたかな雨がふるなり枯葎
土手三里花をはなれぬ月夜哉
菜の花やはつとあかるき町はつれ
家の上に雲雀鳴きけり町はづれ
みなし子のひとりで遊ぶ雛哉
駒の尾に春の風吹く牧場哉
落したか落ちたか路の椿かな
海棠や檐に鸚鵡の宙がへり
桃さくや三寸程の上り鮎
鶯やとなりつたひに梅の花
梅さくや藁屋四五軒犬の聲
水鳥のつゝき出したる根芹哉
八重櫻咲きけり芋に蜆汁
草籠をおいて人なし春の山
兩側の竹藪長し赤椿
花ちるや寂然として石佛
あくびした口に花ちる日永哉
上總までかちわたりせん汐干潟
夏
夏の夜のあけ残りけり吾妻橋
夕立やはちすを笠にかぶり行く
夕立や一かたまりの雲の下
夏嵐机上の白紙飛び尽す
梅雨晴れやところどころに蟻の道
木の緑したゝる奧の宮居哉
古家や奈良の都の青簾
山々は萌黄浅黄やほととぎす
ふきかへす簾の下やはすの花
門さきにうつむきあふや百合の花
母親に夏やせかくす団扇かな
眞帆片帆どこまで行くぞ青嵐
紫陽花や壁のくづれをしぶく雨
三井寺や湖濛々と五月雨
下り舟岩に松ありつゝじあり
せみのなく木かげや馬頭觀世音
紫陽花やきのふの誠けふの嘘
涼しさや行燈消えて水の音
夕立の過ぎて跡なき清水哉
のりあげた舟に汐まつ涼み哉
どこ見ても涼し神の灯仏の灯
神に燈をあげて戻りの涼み哉
大仏にはらわたのなき涼しさよ
涼しさに海へなげこむ扇かな
短夜や砂土手いそぐ小提灯
萱町や裏へまはれば青簾
姉が織り妹が縫ふて更衣
垣ごしや隣へくばる小鯵鮓
陣笠を着た人もある田植哉
白無垢の一竿すずし土用干
五月雨やけふも上野を見てくらす
蝿憎し打つ気になればよりつかず
杉谷や山三方にほととぎす
藻の花や小川に沈む鍋のつる
秋
柿くへば鐘が鳴るなり法隆寺
鷄頭の十四五本もありぬべし
絲瓜咲て痰のつまりし佛かな
一日の旅おもしろや萩の原
朝顔にわれ恙なきあした哉
行秋の鐘つき料を取りに来る
明月は瀬田から膳所へながれけり
松山や秋より高き天守閣
我宿にはいりさう也昇る月
床の間の達磨にらむや秋のくれ
秋風や伊豫へ流るゝ汐の音
赤とんぼ筑波に雲もなかりけり
ゆらゆらと廻廊浮くや秋の汐
松山や秋より高き天主閣
頭上の岩をめぐるや秋の雲
名月や叩かば散らん萩の門
夜の露もえて音あり大文字
秋風やはりこの龜のぶらんぶらん
行燈のとゞかぬ松や三日の月
鶴一つ立つたる秋の姿哉
はつきりと垣根に近し秋の山
秋さびた石なら木なら二百年
三日月の重みをしなふすゝきかな
白萩のしきりに露をこぼしけり
九日も知らぬ野菊のさかり哉
城あとや石すえわれて蓼の花
はちわれて實をこぼしたる柘榴哉
行く秋のふらさかりけり烏瓜
稻の香や闇に一すぢ野の小道
野菊折る手元に低し伊豆の嶋
一枝は荷にさしはさむ菊の花
隣からそれて落ちけり桐一葉
落葉かく子に茸の名を尋けり
順禮の木にかけて行く落穗哉
冬
茶の花や利休の像を床の上
いくたびも雪の深さを尋ねけり
祇園清水冬枯もなし東山
頭巾きて老とよばれん初しぐれ
霜よけの笹に風吹く畑かな
冬がれや田舎娘のうつくしき
梟や聞耳立つる三千騎
ほんのりと茶の花くもる霜夜哉
暮竹の奥に音あるあられ哉
さらさらと竹に音あり夜の雪
炭二俵壁にもたせて冬ごもり
冬ごもり小ぜにをかりて笑はるる
千駄木に隠れおほせぬ冬の梅
冬枯や蛸ぶら下る煮売茶屋
いそがしく時計の動く師走哉
冬川の涸れて蛇籠の寒さ哉
病人と静に語る師走哉
行年を故郷人と酌みかはす
屋の棟に鳩のならびし小春哉
御格子に切髪かくる寒さ哉
君が代は大つごもりの月夜哉
古暦雑用帳にまぎれけり
猫老て鼠もとらず置火燵
君味噌くれ我豆やらん冬ごもり
しぐれずに空行く風や神送
鶏もうたひ参らす神迎
掛乞の大街道となりにけり
手をちぢめ足をちぢめて冬ごもり
凩や自在に釜のきしる音
浄林の釜にむかしを時雨けり